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常寂光寺妙見大菩薩縁起

妙見菩薩は、北極星または北斗を象徴した菩薩様であることから、妙見尊星王、北辰妙見菩薩などといわれます。

「七佛八菩薩所説大陀羅尼神咒経第二」によれば、妙見菩薩は衆聖中の最勝であり、よく国土を擁護し、また人の死を除き生を定め、福算を増益する尊星であると説かれています。

平安時代以来、京都畿内に多く祭られ、諸星の王として宇宙万物の運気を司り支配される菩薩として尊崇されました。 中世には、地方の豪族により守護神として帰依されました。

近世には、各藩主の帰依により多くの大衆の信仰するところとなり、豪商の帰依により、転じて商業神となり、また、安産・子孫繁栄・良縁恵与の御利益のある菩薩として広範な庶民の尊信を集めています。 その中でも洛陽十二支妙見は、江戸時代中期より皇城千年の都、京都の中心、御所の紫宸殿より十二支の酉の方角にまつられている霊験あらたかな妙見菩薩です。 當山の妙見菩薩は、慶長年間 (1596~1610) 保津川洪水の際、上流から流れついた妙見菩薩御像をふもとの角倉町の一船頭が拾い、久しく同町の集会所にお祭りされていたのを、享和年間 (1801~1803)、當山第二十二世日報上人の時に、當山境内に遷座されました。 爾来、御所から西の方角に当たることから「酉の妙見菩薩」となり、江戸時代末期から昭和初期にかけては、京都市内だけでなく関西一円から開運、厄除けの御利益を願う参拝者で大賑わいしました。

第二十六世日選上人代に妙見堂を建立して以来、多宝塔の修復、第二十七世日逢上人には諸堂を修復し、第二十八世日暁上人には、妙見堂前に當山壇徒早田佐七氏より鳥居が寄進建立され、さらにその前後の灯籠は、妙信講、天人講の世話方より寄進されたもので、大黒屋・松屋・夷屋・丁子屋・木綿屋・尾張屋などの商家の屋号と施主名がみられます。 妙見堂内の大変立派な前机は、歌舞伎の役者衆による寄進で、これは「妙見」の語義が「麗妙なる容姿」と解せられて役者や花街の女性に尊信されたことによります。 文政から天保、弘化年間 (1818~1846) は、「酉の妙見様」の隆盛期となり、當山の護持にもおおいに寄与されました。 第四十二世日憲上人代にも妙信会、婦人会の講が當山壇信徒と地元の商家により結成され、昭和三年に妙見堂拝殿が建立され、昭和八年には玉垣が寄進されています。 第四十四世日涛代には、壇信徒のご寄付と拝観収入により昭和四十九年に妙見堂本殿と拝殿の大改築がされ、平成十八年には、屋根瓦の葺きかえと格天井の修復がされました。

このように常寂光寺の歴史とともに年々立派に護持されてきた妙見様です。 ご参拝の折りには妙見堂へ是非ともお参りください。

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